ケラの寿命は通常二年程と考えられ、発生は年一回で初夏から夏。秋までに8~10回ほどの脱皮を繰り返して羽化(成虫化)し、成虫として土中で越冬して、翌春に目覚めると繁殖活動に入るというサイクルです。北日本の暖かい時期が短い地方では、二年に一度の発生で、寿命も三年ほどになる個体もあるようです。
3月から4月ごろの春の夜、オスは地上に這い出て空を飛び、生活・繁殖に適した場所を探し回ります。場所が定まると地面を掘り、ねぐらとなる30cmほどの深さの縦穴と、採餌・移動用の浅い部分にはりめぐらせた横穴ルートからなる巣穴を形成します。
そして5月から6月ごろの初夏、気温が上がり、田んぼに水が引かれ、雨量も多くなる頃。オスは巣穴の中で左前翅を右前翅にこすりあわせ、音を発します。この際、オスは巣穴の横穴の一部を独特の形状に作り替えます。一本のトンネルから地上に分岐した二管の穴を開け、自身は分岐点からやや奥の穴の中に陣取って、そこからメスを呼ぶコーリングソングを奏でるのです。鳴き声はトンネルの壁に反響し、共鳴して、地上に開いた二つの穴から外へと、増幅されて拡散します。まさにダブルホーンの管楽器。発声する昆虫は数多くいますが、増幅装置を自作する昆虫は、ケラだけでしょう。
この音に惹かれてメスが飛んできて、オスの巣穴にメスが導き入れられ、巣穴の中で交尾します。受精したメスは、約二週間ほど経つと地中に深さ30cmほどの穴を掘り、その奥で産卵します。まず泥と草を押し固めて「おはぎ」のような泥の塊をいくつも作り、その内側に空間を開けて卵のゆりかご「卵室」を作ります。
それぞれの卵室に、数十個ずつに分けて卵を産みつけ、穴をふさぎます。卵は乳白色の粒グミキャンディーのようで、産卵する卵の総数は300個ほど。卵は20日ほどで孵化しますが、その間メスは卵室が乾燥したり外敵に襲われないよう、傍にとどまり、卵を守るといわれています。
孵化した幼虫は最初は真っ白で、やがて茶褐色に変わりますが、羽がなく小さい以外は親とほぼ同じ形状をしていて、卵室に埋め込まれた草を食べて成長し、やがて外に出て、おのおのがぴょんぴょんとコオロギのように跳ね跳びながら新天地に巣立っていきます。
ケラはかつては身近な里山昆虫でどこにでも見られましたが、近年各地で数を大きく減らしているようです。各地で進む都市化による乾燥と、水田の減少が大きく関わっていると考えられています。特に目立つ生き物と言うわけではありませんが、日本の風土文化の中で共存し、愛されてきた存在であることは間違いありません。しっとりとした日本の風土によりそって生きてきた、特異な生き物が今後も生きられる環境であってほしいものです。
和漢三才図会 中之巻