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岐阜県内で海に関する地名点在するワケ 海津市、潮見、渚...由来は?

 2021年の海の日は、約半年後の7月22日。まだまだ寒い日が続き、最も遠い季節が待ち遠しくもあるが、そもそも岐阜県は、日本全国に8県ある海なし県の一つ。県民にとっては当たり前に思えるが、なぜ岐阜には海がないのか。


 現在、岐阜県で最も海に近い地点は海津市海津町油島、県道106号海津桑名線の道路上で、三重県の伊勢湾へは直線距離で約12・5キロ。近くに国営木曽三川公園があり、水と緑の館・展望タワーからは遠方に海が見える。


◆6000年前は大垣市に海岸線


 ここで、現在の海津市周辺の変遷をたどる。海津市は2005年、海津郡3町が合併してできたが、市歴史民俗資料館によると、海津郡の名前の由来は1897年、岐阜県の海西郡と下石津郡の1文字ずつを取って「海津」と名付けたもの。この海西郡と下石津郡の成り立ちは古代までさかのぼる。


 伊勢湾や三河湾一帯で、漁業に携わり中央に海産物を貢納した海人集団が活動。大宝律令制定の701年以前に行政区域として「海評(あまのこおり)」が置かれ、713年以降は「海部郡(あまのこおり)」と記された。当時、海部郡が尾張国か美濃国のどちらに属していたかは定かではない。平安時代後期、海部郡が分割されて海東郡と海西郡になった。海西郡ができた当時には、海岸線は既に現在のような位置にあった。海西郡は水辺ではあっても海に面していたとは考えにくいようだ。また別に、855年には石津郡が置かれた。時代が下り、1879年、石津郡を分割して上石津郡と下石津郡になり、97年の海津郡誕生につながった。


 では岐阜に海があったことはないのか。地質学が専門の小井土由光岐阜大名誉教授によると、約6千年前、「縄文海進」と呼ばれる、氷河の大量融解による海面上昇がピークとなり、当時の海岸線も現在の大垣市南部付近まで迫ったという。少なくともその頃は、現在の岐阜県の領域に海岸線があったとみられる。海津市南濃町庭田には、約5千年前のものとされる県内唯一の海水産貝類を主体とする貝塚、庭田貝塚がある。


◆山あいにも海関連の地名が存在


 ところで、県内には海に関する字を用いた地名が何カ所かある。海津市はもちろん、岐阜市の長良海用町のような地名が点在している。


 ただ、海が直接の由来ではないものが多く、例えば、図で示したうちの最北である高山市荘川町海上は、飛騨高山まちの博物館の松永英也さんによると「大昔に地震で庄川や男神川がせき止められて一帯が海のようになったからという説が『斐太後風土記』にある」という。同市久々野町渚も、「飛騨川の波際に住居を構えたことに由来し、後に渚と記すようになったという説がある」。また、本巣市軽海については、市教委によると「平安中期から室町期にかけて、その土地を持った人の名を軽海五左衛門光明と呼んだと地区の歴史書にある」といい、地元有力者の名前が由来というケースもみられる。岐阜市湊町や美濃市港町は、長良川の川港が由来だ。


◆海が見える「八百津町潮見」


 一方、加茂郡八百津町潮見は山あいにあり、南西の方向を眺めると海が見えることに由来したという。大寒の20日、同所の潮見小学校に設置された標高約665メートルの展望台から望遠鏡で眺めると、手前に可児市の浅間山、そのはるか向こうに名古屋の高層ビル群、そして直線距離にして約55キロ先の伊勢湾を見ることができた。同校の後藤雅春教頭によると、空気が澄む冬の昼間によく見え、多いときで週に4、5組が訪れるといい「県内の、人が住むような地点で海が見えるのは珍しいのでは」と話す。


 海なし県の岐阜だが、海岸線を有した時代があり、現在でも海を見られる場所がある。岐阜が誇る河川も海へと流れる。岐阜と海とは確かにつながっている。

岐阜新聞社

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