さて、キリというと、何と言っても桐箪笥は和箪笥の代名詞と言ってもよく、かつては家に女の子が生まれるとキリを庭に植え、お嫁に行く頃には大きく育った桐箪笥を作って嫁入り道具にしたのだ、とよく語られます。
キリは他の樹木よりも生長が早く、15~20年ほどで高さ10m前後の成木に育ちます。昔のことですから嫁入りもちょうど15歳から20歳くらいだったとすると、娘が年頃に育つ頃、桐箪笥が一つできそうな気もしますね。実際、江戸時代に、「養生訓」で有名な貝原益軒が著した生物学書「大和本草」(1709年)には「女子ノ初生ニ桐の子ヲウフレバ、嫁スル時其装具ノ櫃材トナル」とあります。ここで言う「櫃」(ひつ)とは、いわゆる長持のことで、衣類や寝具を収納する、現代で言う衣装ケースのようなもの。箪笥を作るとなると、実は通常25年から35年間ほど育てた大木が、最低三本は必要。また、桐は伐採してすぐ使えるわけではなく、伐採後2~3年は天日干しをしてアク抜きをしなければなりません。つまり娘の誕生とともに桐を植えても、それでは箪笥は仕立てられません。実際には、高く売れる桐を嫁入りの際に伐採して換金し、それで嫁入り道具をそろえた、ということのようです。
ちなみに桐箪笥が重宝されるようになったのは江戸時代から。大火が頻発した江戸の町の事情が関係していました。
キリ材の気乾比重は0.3で、国産木材のなかで最も軽い木材です。これは、材の空隙が多いためで、発泡スチロールのように多くの空気を含み、断熱・防湿の機能が高いということ。火事の際に箪笥ごと持ち出す、なんてことも、軽い桐なら可能でした。しかも、着火温度は400度以上ときわめて高く、非常に燃えにくい木なので、火事の場に水をかけてそのまま残しておけば、表面が黒こげでも箪笥の中の衣類はなんともなかった、なんてこともあったそうです。
また、虫が嫌うタンニンやセサミンなどの成分を材の中に含んでいるため、防虫効果もあります。
箪笥だけではなく、飯びつや下駄、床材などに幅広く使われたのも、高温多湿で虫の多い日本の風土の中で生活するのに役立つ特性があったためでした。
ちょうど土用のこの時期、今年咲いた花の実の房に隣り合うように、まだかわいらしい姿のキリの翌年の花のつぼみが見られます。気がつかないだけで、キリの木はわりと近くに生えています。探しあてて、春海が「結花」と言い表したそのつぼみを是非ご覧になってはいかがでしょうか。
原文「枕草子」全巻