しかしここで話は終わりません。ヨーロッパでは、冬の訪れとともに、魔物たちを引き連れて、戦争と死と霊感をつかさどる北欧神話の最高神・オーディンの狩猟団が冬の夜空を引き裂くような叫び声を上げながら駆け抜け、目撃した者の命を奪っていく、恐怖の百鬼夜行・ワイルドハント(Wild Hunt)の言い伝えが広く分布します。
ワイルドハントは特に冬至の祭りであるユール(jul、yule)の頃に目撃が最高潮に達するといわれます。事八日の元になった中国の祭祀「臘日」の「臘」とは「猟」を意味します。オーディンの狩猟団と臘。これは偶然なのでしょうか。
オーディンは隻眼(片目)の神。事八日に里をさまよう一つ目妖怪とも重なります。そしてさらに、人の命を奪う死神、厄病神であると同時に、子供たちや貧しいものにはその者の靴下、靴に施しをしていくとも伝えられています。オーディンの渡りは、トナカイのそりで夜空を駆けるサンタクロースのイメージの原型にもなっているのです。
長野県などの中部地方では、事八日に大きな編みわらじを戸口につるすならわしが知られ、クリスマスツリーに靴下やブーツをつるす風習とよく似ています。千葉県では、疫病神除けに掲げた目籠の周辺に、夜の間に親が小銭を撒いておき、翌朝起きた子供たちに、天からお金が降ってきたと告げて与えます。クリスマスのプレゼント行事とそっくりです。
さらに、事八日に家に招きいれる福の神である大黒様(大黒天)と恵比寿様。大黒様の姿は、恰幅がよく、ゆったりとした頭巾をかぶり、大きな袋を背負っています。そのいでたちから、私たちは容易に「サンタさん」との共通性を見出すことができます。事八日とは、意外にもアジア版のクリスマス、と言っても過言ではないかもしれません。
人を含めた生物すべてにとって生命の存亡に関わる過酷な季節である冬。古代人は風とともに襲い来る冬のウイルス病や細菌病(厄神)を恐れながら、同時に冬至を境にした太陽の回帰に福神の到来を重ねました。
古代エジプトやゾロアスター教、ミトラ教などの古代太陽信仰の系譜は、ユーラシアの西と東に伝播しながら、共通する信仰形態をつくりあげたのかもしれません。現代ではめっきりマイナーな事八日信仰には、壮大な人類の精神史が刻まれているように思われます。
(参考・参照)
疫神とその周辺 大島健彦 岩崎美術社
製鉄・鍛冶神事としての針供養-「コト八日の一視点」 三田村佳子伊那谷のコト八日行事