スギ材は、古来もっとも日本文化に貢献してきたオールマイティの木材です。ヒノキは香りには及ばないものの、心地よい香りや滅菌効果があります。比重(水の重さと比べた基準)0.4程度で空気含有率が高く、高温多湿の日本の環境の中で、優れた吸湿性や温度調節を発揮して、スギ材の家は夏は涼しく冬は暖かく過ごすことが出来ます。また洪水が多く、海洋国でもある日本で、軽くて豊富なスギ材はクスとともに船材として重宝されてきました。やわらかく加工しやすいため細かい道具類や建具や家具などの日用品にも頻用される一方、建造物の構造材としても耐えられる強靭さもあわせもち、一般家屋はもちろん巨大な宮殿や社寺、橋などの大建造物にも多く使用されます。
日本酒を作るのにもスギは欠かせません。麹を作る際に使用する麹蓋、酒母や醪(もろみ)を混ぜる櫂棒(かいぼう)も貯蔵用の木桶もスギ材です。スギ桶は酒が染み出ず、スギの香りが日本酒に移り、味に独特の深みを与えます。造り酒屋の軒先には新酒が出来上がると「杉玉」を掲げられます。芯となる球状の土台にスギの枝の穂先をみっしりと差し込んでいき、大きなボール状に仕立てた飾りで、伝説では崇神天皇の時代、ある杜氏(とうじ)が三輪山のスギの神木の霊力の助けを借りて、一夜で美酒を醸す奇跡をなしとげたことにちなみ、スギの葉で縁起物が作られるようになった、といわれています。日本酒だけではなく、醤油蔵、味噌蔵でも杉樽は古くから使用され、スギは日本人の食文化を強力に支えてきたといえます。
文明社会の枠組みや仕組みを急激に変えることはむずかしいかもしれません。しかし今や広大なスギの人工林は治水・水源のかん養、緑化・温暖化防止に大きな影響を与えるインフラでもあります。単一種の植林ではなく花粉吸着をする多様種を同時に植える混成植林への移行、過度な土壌遮蔽を控えて土の露出部分を増やす環境設計、アレルギー症状を引き起こすアジュバント物質であるホルムアルデヒドなどを含む新建材からスギ建材の積極的な回帰活用などを通じて、時間はかかりますが厄介な都市の花粉滞留問題に地道に取り組んでいくべきではないでしょうか。
(参照・参考)
植物の世界 朝日新聞社
林野庁 スギ・ヒノキ林に関するデータ琵琶湖湖底堆積物に記録された過去100年間のスギ花粉年間堆積量の変化https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpal/58/1/58_KJ00008127467/_pdf/-char/ja