さて、「ぼたん鍋」のほかにも、鹿肉が入った「もみじ鍋」、馬肉が入った「さくら鍋」、鶏肉が入った「かしわ鍋」…などと、鳥獣のお肉はなぜか調理時に植物化?するようです。なんとそこには共通の秘密が。美しい呼び名は、お肉を「言い表すため」ではなく、「言い表さないため」に付けられていたのです。
7世紀の「大化の改新」後、仏教伝来により肉食が禁じられたことは、日本の食文化に大きな影響を与えました。公権力による肉食の制限は、明治天皇が「肉食解禁」を宣言するまで、かたちを変えながら延々と続いたのです。日本人はいつしか「肉を大っぴらに食べられない」民族に…! とはいえ、そんな時代にあっても、狩猟をしたり家畜や家禽の飼育をしていた人はいました。また、さまざまな理由をつけて、人々は肉を食べていたのです(禁じられると食べたくなるのも人間の性)。でも公言するのは憚られたため、「(お肉じゃなくて)お花や葉っぱを食べてることね」という、逆おままごとみたいな設定でお食事していたのですね。そんな禁断の肉食から、郷土料理や地方の特産品が生まれた例も少なくないようです。
猪肉を食べると体が温まることから、「(お肉じゃなくて)薬食い」とも称されました。ぼたん鍋は、猪肉を薄切りにし、鍋に醤油仕立てか味噌仕立てのタレを入れ、野菜やキノコとともに煮ながら溶き卵につけて食べるのが、一般的です。猪肉は煮れば煮るほどやわらかくなるので、煮詰まっても美味しく食べられるのが特徴。特有の野性味と濃厚なうまみがあり、とくに脂肪がクセになる美味しさ!! と絶賛されています。味的には豚肉に近く、焼肉やクリームシチュー、ハンバーグ、唐揚げ、肉じゃが、すき焼き…と、あらゆる料理にマッチ。鉄・亜鉛・銅・ビタミンB2、B12は豚肉より多く、太りにくくてアンチエイジング効果も期待できるという、注目の食材なのです。
近年日本でもブームになっている「ジビエ」とは、狩猟で得た天然の野生鳥獣の食肉を意味するフランス語です。自分の領地で狩猟した獲物は、貴族にとって特別な恵みでした。もともと人間は、その土地で生きるものの生命をいただいて、感謝を捧げながら生きてきたもの。ジビエをめぐるさまざまな課題は、人と自然の営みに直結しています。地域おこしとして野生のイノシシを捕獲し食する試みをしている地域や、郷土料理のぼたん鍋が味わえるお店も各地にあるようです。興味のある方はぜひ、昔人のように「冬ぼたん」で霊肉ともに温まってみてはいかがでしょうか?
〈参考文献・サイト〉
『うまい肉の科学』肉食研究会(サイエンス・アイ新書)
『日本ジビエ振興協会』
公式サイト