「睡魔」という言葉があるように、ネム=眠りの木にはある種の特効があるという民間信仰も生まれました。それが民族行事化したのが「眠流し」(子むた祭り/ねぶり流し/ねぶた流し/ねんぶた流し)で、旧暦の七夕の頃、形代の人形やネムノキの枝を、「ねむたはながれろ まめのはとどまれ」と念じて謳いながら灯篭や笹舟に乗せて流したり、ネムの葉でまぶたをなでるなどの所作をして眠気(怠け心や気力・体力の衰弱)を祓い、豆の葉(まめに動き働く元気と意欲)をとどめよう、という信仰行事で、これか青森県を中心に東北で行われるねぶた(ねぷた)祭りの起源だといわれています。
天明8~9(1788~1789)年、弘前藩士の比良野貞彦(不明-1798)が著わした「奥民図彙」の中で、この「ねぶた祭り」の様子がイラストと解説で叙述されており、これが「ねぶた(ねぷた)祭り」の文献上の初出となっています。さまざまな形の灯篭や七夕飾りが列をなし、今とは異なり、盛大ながら素朴な七夕行事であることが分かります。これが幕末慶応年間ごろになると、巨大な人形や城のような造形物を飾った派手な山車が見られるようになり、現代につながる祭りのかたちが確立されてきたことが分かります。
余談ですが、ねぶた-ねぷた祭りを語るときについて回る「ねぶたかねぷたか」問題。津軽地方、下北地方、秋田県の能代市など、各地で行われるねぶた(ねぷた)が、青森市のものがねぶた、弘前市のものがねぷた、と使い分けられるようになったのは、昭和30年代に青森市と弘前市の各地元新聞社が使い分けをするようになり、これが1980年の国の重要無形文化財指定の際に、正式な名称としてそれぞれが登録されたことにあり、もともとは、どちらも「ねぶた」「ねぷた」と自由に呼ばれていたようです。
梅雨明けとともに、湿気の大好きなネムノキは徐々に花の時期を終えていきます。梅雨明け前に、ネムノキをさがして、幻想的な花の姿を楽しんでみてはいかがでしょうか。
参照
野外ハンドブック 樹木 (富成忠夫 山と渓谷社)
伊東静雄 (杉本秀太郎 筑摩書房)
日本の詩歌 (中公文庫)
新訓萬葉集 (佐佐木信綱編 岩波書店)
ねぶた祭の起源~ねむり流し~ねむの木の子守唄