ベガとアルタイルは、世界各地で「夫婦星」と見立てられて対になっています。
昨年当コラムで、織姫彦星の二星聚会神話には古代の共同体での生贄の乙女と牛馬たちの御霊鎮めが基層にあるのではないか、と論じました。(
7月7日「七夕」。儚くもロマンチックな織姫彦星伝説の背後にある悲しい深層とは?)
だとするなら、天の川の両岸に向かい合う両星を、あの世とこの世に引き裂かれた伴侶と見立て、その運命にあらがう冥府下りの神話へとつなげるのは自然なことだと思われます。北天(天の赤道よりも北側の空)の輝星であるアルタイルとベガを、北方の守り神・毘沙門天とその妻・吉祥天に見立てる物語も、『御伽草子』の「梵天王」の逸話として伝承され、これもまた死んだ妻を求めて星空(あの世)を巡る夫の物語なのです。
旧暦の七夕はお盆行事と重なり、全国各地では川に精霊舟、つまり死者の魂を乗せてあの世に送る行事が行われます。このイメージはそのまま、夏の夜空高くにかかる天の川と重なっていたのです。神話伝承の時代を過ぎて、近現代の個人の物語(小説・童話等)が紡がれる時代になっても、やはりそれは変わりません。旧暦の七夕頃と設定される宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』は、死者との冥府巡りの物語であり、主人公ジョバンニは「どこまでも一緒に行こう」と誓った友をあの世に残し、引き裂かれてこの世に戻ってきます。その物語の中の「ケンタウル祭」も、岩手の精霊流しの行事である「舟っこ流し」を元にしています。
誰もが人生で体験しなければならない愛する者との永遠の決別。七夕とは、青白く輝く二星にその傷をたくし、癒すために受け継がれた神話・伝承、そして祭りだったのかもしれません。