ヤモリには分子レベルで壁に張り付く指、闇でも色と形を捉える超高性能眼球など、ハイテク装備が備わっているすごい生き物である、と以前当コラムで紹介しましたが、イモリもそれに勝るとも劣らない能力があります。イモリの能力はハイテクも超えてもはや漫画のような超再生能力。原始的な無脊椎動物であるプラナリアなどが、体を細かく切断されても再生する能力があることは知られていますが、イモリには脊椎動物としては異例の再生能力を持つことが、およそ250年前から知られていました。もちろん人間などの哺乳類にも再生能力はあり、怪我は自身の細胞再生である程度は再生します。トカゲやヤモリの尻尾の自切や、指の部分的再生なども知られています。しかし、イモリの再生能力はそんなものではありません。通常の大怪我は、普通の脊椎動物なら傷跡は残るものです。これを瘢痕治癒(はんこんちゆ)といいます。傷跡を早期に塞ぎ繊維化することでリスクを回避するためですが、イモリの場合は一切の傷跡を残さず再生します(無瘢痕再生)。
そして尻尾ばかりか四肢が全てもげても、完全に骨も含めて再生します。しかも何度でも。眼球も再生できますし、そればかりか脳、心臓などの重要臓器も、生命そのものが絶たれることさえなければ再生できるのです。まさにイモリは、傷の治癒において無敵無双のエンペラータイムを持っている、ということになります。
筑波大学の千葉親文教授は、イモリのこの驚異の再生能力の仕組みを解明しました。千葉教授は、当初イモリに特有の遺伝子が作用していると考えて解析しましたが、さにあらず、イモリ特有の再生遺伝子など見つからず、それを担っていたのは全身を巡る赤血球でした。通常は全身に酸素を運ぶ役割しか持たない赤血球ですが、イモリの場合は特殊な赤血球Newtic1が、筋肉細胞の脱分化(ニュートラル化)に関わる因子や心臓再生の因子など、数々の因子を担っており、傷病欠落部の傷口付近に集中して発現、細胞再生の支持を出して、組織の完全な再生を促していたのです。イモリのゲノムは人の二十倍もある膨大なもの。千葉教授は、そのゲノム解析を進めることで、人間にもイモリの再生能力を発現させることが可能かどうかという課題に取り組み始めています。iPS細胞などによる再生医療の研究は日進月歩で進歩していますが、あるいはイモリの能力の研究が、今後ブレイクスルーをもたらすかもしれません。
参照
日本の動物 (江川正幸 旺文社)
イモリの再生と赤血球の不思議な関係 千葉親文