ちなみにネット上では「シリウスの赤色化」に関して、「中国でも『天狼夜流血(天狼、夜に血を流す)』という詩があり、シリウスが赤いとされていた」という記述が多く見られますが、これは明代中国の第一の詩人と称される高啓(こうけい 1336~1374年)の「下将軍墓」の詩句の一節です。
高啓には、ほかにも媯蜼子歌に、
天狼下地舐血渾々
鹿走秦中原
蛇闘鄭国門
「天狼地に降りて血を舐めて流れ渾々たり。鹿は走る秦の中原。蛇は戦う鄭の国門。」という詩句もあります。天狼=シリウスが赤いというのではなく、災いと争いの星であるシリウスが地上に降りてきて、蛮族や盗賊に力を与えて人々の血を流すという意味であり、時代的にも文学作品が多く創作されるようになった中世の明代のもので、文学的修辞ととらえるべきでしょう。
これらの詩句に影響を与えたと思われるのは、中国正史筆頭にあたる前漢時代の『史記(太史公書)』(司馬遷)中の「天官書」に、
其東有大星曰狼。狼角変色多盗賊。下有四星曰弧、直狼。
とあり、狼星(シリウス)という大きな星には鋭い角(光芒)があり、この角が白っぽければよいのだが、色が変わると盗賊などの蛮族が勢いを増す。狼星の下には四つの星が弧をなして対峙していて、狼星の活動を抑止している(この四星は、現在の「ハト座」だと考えられます)、といった内容です。
『楚辞』(前漢~後漢ごろ)に収められた中国戦国時代(紀元前5~3世紀ごろ)の詩歌の中の東君(太陽の神)を詠った詩の中には「挙長矢兮射天狼(長矢をかかげ天狼を射る)」との詩句があり、南天に位置するギラギラする革命の星シリウスを、南天を移動する帝王としての太陽が射かけて叩きのめすというイメージ投影が古くからあったことをうかがわせます。
シリウスは、実は暗く小さな地球ほどの大きさの白色矮星シリウスBと、太陽の二倍の直径を持ち、太陽よりはるかに高温の9,700度で輝くシリウスAの二つの星が互いに引き合いながら回る二連星であることが知られており、シリウスBは白色矮星化する前は、膨張した赤色巨星でした。赤いシリウスはシリウスBの赤色巨星の光がもたらしたものでしょうか。でもそれは一億年も前の話で、たかだか数千年の間に赤色巨星から白色矮星に変化収縮したものではありません。
オカルト的に解釈すれば、一億年前に地球にいた知的生命が現生人類に残した知識「シリウスは赤い」が言い伝えられた、とか、ノアの時代の上気水層を通して見えるシリウスは赤く見えたとか、そのような解釈もしたくなる「赤いシリウス」ミステリーですが、実は有力な科学的仮説もあります。
白色矮星は表面化の深層で燃焼が継続しており、これが時に核融合反応の暴走により、一時的に表面に噴出して元の赤色巨星を思わせるような外観と色に変化することがあり、その変化は数百年から数千年というスパンで収まるというものです。この仮説に従えば、人類史のある期間、シリウスが赤く見えていた時期があったという可能性も否定できません。
地球から8.6光年、他の星々よりは、はるかに近い宇宙に位置するシリウス。惹きつけられずにはいられない「大スター」が夜空に輝く季節となりました。
(参考・参照)
星の古記録 斉藤国治(岩波新書)
ギリシア神話 呉茂一(新潮社)
星空図鑑 藤井旭(ポプラ社)
2021年10月の星空 - アストロアーツバビロニアの星座の名前