春とあんぱんと── 季節と味覚と言葉

春ならではの「桜あんぱん」
たけのこ、山菜、菜の花、ウド、貝の刺身、ちらし寿司、新キャベツ……人それぞれに春を実感できる食べものがあるでしょうが、春は気分が緩んで、なんとなく甘いものが食べたくなります。おはぎでもチョコレートでも草餅でもいいのですが、あんぱんはいかがでしょう。
文明開化の味がするあんぱん
外来のものだったパンをイーストではなく、米と糀で作った酒種酵母によって発酵させるという、日本人ならではの工夫が功を奏して、銀座発祥のハイカラな風物の一つとして、カレーライスなどと並んで評判となりました。
木村屋のホームページ(リンク先参照)には、当時のあんぱんの宣伝ソングが紹介されています。
「木村屋パンを ごろうじろ/西洋仕込みの 本場もの/焼きたて 出来たてほくほくの/木村屋パンを 召し上がれ/文明開化の味がして/寿命が延びる 初物 初物」
塩味の桜あんぱんと春の空気
あんぱんと俳句
『季語集』(岩波新書)によると、
「あんパンを食べるようになって約二〇年になる。一年に三〇〇個は食べるから、すでに六〇〇〇個くらいを食べたことになる」とあります。
坪内氏はこの本で伝統的な季語に加えて、現代の新しい季語を提案しています。
たとえばバレンタインデー、デッキチェア、セーター、おでんなど。
そんな意味で「あんぱん」も春の季語として認めてはどうか、というのです。
その名前そのものが、その母音と「ん」の作る音の柔らかい響きをもっていて、そしてあんぱんの味の記憶が加わって、春の言葉としてふさわしいような気がしてきます。
坪内氏のあんぱんの句は あんパンに空洞窓に楠の花 というものです。
食べものと言葉がつくる季節の楽しみ
腸(はらわた)に春滴(したた)るや粥の味 夏目漱石
春は 白い卵と 白い卵の影と 富沢赤黄男
早春のおとなりから芹のおひたしを一皿 種田山頭火
漱石は大病の後の句です。富沢赤黄男の句は、春の暖かいけど、まだ残っている何か冷ややかなイメージを捉えてちょっとシュールですね。こんなふうに、食べもののイメージと季節の味わいを言葉によって増幅させて遊ぶのも楽しみの一つです。