春の夜空の知られざる名星座。からす座とコップ座の由来とは?
2023年03月30日
四角い胴体に、ちょこんと突き出た嘴のようなα星がかわいいからす座
アポロンの眷属の白く輝くカラス。その悲しい神話の顛末
オリュンポスのプリンス・アポロン神は数々の恋の浮名が
クイズなどでの「本当にある星座はどれ?」などの設問で使われがちなマイナーなからす座ですが、その伝説は、かのギリシャ神話のオリュンポス12神の中でも随一の人気を誇ったと言われるアポロンにまつわる神話です。
からす座の元になったカラスは、アポロン神の忠実な眷属でした。
その昔、テッサリアのラーリッサの領主には美しい姫コローニスがあり、彼女はアポロンの寵愛を受けていました。アポロンは、コローニスに会えない日々には、雪のように白い羽をもつカラスを文使いとして行き来させ、互いの日常や思いを伝えあっていました。ちょっと平安王朝風の設定ですね。
さてあるとき、いつものようにカラスがテッサリアのコローニスの元を訪れると、コローニスが一人の青年と仲むつまじく語り合っているのを目撃してしまいます。アポロンへの忠心篤いカラスはカッとなり、すぐさま主人のもとに飛んでいき、ことの次第を告げ知らせました。
アポロンは怒りのあまり銀の強弓をたばさみ、テッサリアの方向に向けて矢を放ったのです。矢は恐ろしい勢いでコローニスのいる館に突き入り、コローニスの胸に突き刺さりました。コローニスは、「御謀(はか)らいをとやかくは申しませぬ。ですがこの身に宿したご落胤を産まずに死にたくはありませんでした」とのみ声にし、息絶えました。
コローニスが浮気をしていた相手の男性はただの兄弟で誤解だったなどのさまざまな異伝があり、コローニスがどのような人物だったのかは判然としていません。ともあれコローニスのお腹の子供はアポロンにより取り上げられ、ケンタウロスの賢者ケイローンに委ねられます。その子供こそ、後に医術の達人となったアスクレピオスでした。
アポロンは、激情に駆られたとはいえ、心から愛する恋人を射殺してしまったことを深く悔い、その悔いは、忠義づらで告げ口したカラスに向けられました。カラスはアポロンの呪いを受け、真っ白い羽は真っ黒に変えられ、永遠にコローニスの喪に服すことになった、ということです。
カラスとしては主人のためと思いしたことなのにと理不尽な仕打ちのようにも思われます。カラスの性別は不明ですが、カラスもまたアポロンをひそかに恋慕っていたのかもしれない、などと想像をふくらませてしまう、どこか切ない神話です。
冬の三つ星オリオンに対比する春の四つ星からす座は日本でも注目されていた
主に忠実なるがゆえに黒い姿に変えられたカラス。切ない伝説です
東京都の奥多摩地方では、「ムジナの皮張り」という変わった方言が採集されています。ムジナ(アナグマ)の毛皮もしくはなめし皮をぴんと張って固定したかたちに見立てたのでしょう。この地方の炭焼き、馬方が、冬の夜明け前、午前3~4時ごろに東にからす座が昇ってくると「カワハリが出たで、起きるだんべし」と仕事に出かける目安にしていたのだとか。
からす座の相棒コップ座。軽い名前とは裏腹に、神話神由来の星座でした
うみへびの背に乗るからす座とコップ座。日本にも色々な呼び名が
ニーチェ(Friedrich Wilhelm Nietzsche 1844~1900年)は、調和と理性の神アポロン(と言う割には激情でコローニスを殺害していますが)と、混沌と野性の神デュオニュソスを対照的存在として対比し、文明論と哲学を論じました。オリュンポスのエリートにしてプリンスのアポロンと、十二神にも入れない異端児(一部では十二神に昇格しているパターンも)ながら、熱狂的な庶民の支持を得てビッグネームとなった叩き上げのデュオニュソスは、漫画やアニメのライバル関係さながらです。この二神に由来する星座がまるで寄り添うように隣り合う姿は、かつてニーチェに熱狂した筆者世代には胸熱の「コラボ」です。
とはいえ、コップ座はからす座以下に暗い星座です。まずは北斗七星→アルクトゥルス→スピカ→からす座、と夜空を北から東、南へと緩やかな弓型に辿っていき、からす座の右隣に目を凝らし、できれば双眼鏡を使ってようやく見つけることができるでしょう。
δ星のラブラムが視等級3.56の四等星でもっとも明るく、視認することができるので、春のささやかな野の花のような星座を、是非さぐりあてて見てください。
意外にも伝説を豊富にもつコップ座。酒神デュオニュソスの盃とも
参考・参照
星空図鑑 藤井旭(ポプラ社)
日本の星 野尻抱影(中央公論新社)
星三百六十五夜 春 野尻抱影(中央公論新社)
ギリシア神話 呉茂一(新潮社)